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令和7年12月16日、令和7年伊達市議会定例会第6回定例会議(12月議会)において、伊達市名誉市民条例が可決されました。
名誉市民制度は、広く社会文化の興隆に多大の貢献をした者で、その功績が卓越し、郷土の誇りとして市民から深く尊敬されているものに対し、伊達市名誉市民の称号を贈り、その功績をたたえることを目的としています。
伊達市名誉市民の称号は、次に掲げる条件のいずれにも該当する者に贈ります。
(1)本市に居住している者若しくは居住していた者または本市に深い由縁をもつ者であること。
(2)公共の福祉の増進または学術及び技芸の進展に著しい功績があったこと。
(3)市民が郷土の誇りとして、等しく尊敬する者であること。
伊達郡白根村字木ノ田(現伊達市梁川町白根字木ノ田)生まれ。旧白石中(現宮城県白石高校)から早稲田大学政治経済学科へ入学。
旧白石中時代から陸上競技の道へ入り、大正9年の第1回箱根駅伝では山登りコースの5区を走り区間3位の成績。同年の第7回アントワープオリンピックのマラソン競技に出場し、福島県第1号のオリンピック選手になりました。
大正13年の第8回パリオリンピックにも出場し、2大会連続出場を果たしました。
昭和7年には、郷里の山林に「オリンピック村」を建設し、青少年の体力づくり、健全育成に尽力したが戦況の拡大によりわずか4年で閉村。終戦後、地域青年を集めてのマラソン大会や私設保育所の開設、自宅を「白根体育公民館」として開放するなど、晩年まで地域スポーツの振興に尽力しました。
福島県初のオリンピアン「三浦弥平」
令和8年6月28日、伊達市ふるさと会館において、伊達市合併20周年記念式典が挙行され、三浦弥平氏の「伊達市名誉市民表彰」を執り行いました。

表彰では故三浦弥平氏のご親族である三浦勇三さんと白根自治協議会長の三浦義三さんにご登壇いただき、市長より名誉市民称号記が贈られました。

受賞にあたり三浦勇三さんは「弥平はスポーツや健康面において進んだ考えを持っており、託児所の開設やマラソン大会の開催など、さまざまなことを行っておりました。晩年は本当に子どもたちとのふれあいを大切に過ごしており、今回の受賞は天国の弥平も喜んでいると思います。ご支援を賜りました関係者の皆さま、弥平の継承にご尽力いただいている皆さまに厚く御礼を申し上げます」と謝辞を述べました。
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