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旧亀岡家住宅

印刷ページ表示 更新日:2016年5月20日更新

旧亀岡家住宅(きゅうかめおかけじゅうたく)  1棟

   (座敷部)木造二階建 寄棟造 桟瓦葺 建築面積222.99平方メートル

   (居住部)木造平屋建 入母屋造 桟瓦葺 建築面積194.91平方メートル

【所有者】伊達市

【所在地】福島県伊達市保原町大泉字宮脇265番地

 

 亀岡家に関する文書から、明治37年頃には完成していたと思われる。もとは桑折町伊達崎にあったが、旧保原町に寄贈後の昭和61年に解体格納、平成7年3月に現在地に移築復原された。

 施主の亀岡正元は蚕種製造で財をなした豪農で、後に県会議員や郡会議員を務めるなど政治家としても活躍している。この建物も正元の住居として建築されたが、社交や集会の場も兼ねていたと思われる。

阿武の松原碑

和洋折衷の大型住宅

 もとは約4,600平方メートルの敷地に土蔵などが建ち並ぶ広大な屋敷であったが、今は主屋の一部のみが移築されている。建物は座敷部と居住部からなる。座敷部は、桁行17.7m、梁間12.3mの木造二階建。正面中央に塔屋がある。居住部は桁行14.9m、梁間12.5mの木造平屋建で、土間と板間の炊事場と、井戸と石敷きの洗場を持つ台所がある。

 内部は、一部に洋室を設けたりガラス障子を多用するなど洋風技法を採用するものの大部分は和風の座敷からなり、洋風の外観とは対照的な造りとなっている。

 旧亀岡家住宅 座敷部 正面

1階平面図 [PDFファイル/216KB]   2階平面図 [PDFファイル/157KB]

設計と施工

 亀岡正元家文書によると、施工は飯坂町の大工小笠原国太郎が行ったとみられる。国太郎が手掛けた建物には、他に福島市飯坂町の「なかむらや旅館」と「花水館奥の間(御殿)」(ともに登録有形文化財)がある。

 設計者名が明記された記録はないが、他の様々な記録や他例との比較から江川三郎八が関与したと考えられる。三郎八は福島県の技手を務めたのち岡山県に転任し、主に公共建築の設計・監理を行った。岡山県に残る三郎八の手掛けた建物には、国の重要文化財に指定されている「旧遷喬尋常小学校校舎」や「旧旭東幼稚園園舎」をはじめ登録有形文化財などが数棟あり、旧亀岡家住宅との類似性がみられる。

正元のこだわりと意匠

 正元は新婚旅行の際に各地の建築を見学し研究したともいわれており、この建物には施主の構想が強く反映されていると思われる。当時まだ珍しかった洋風建築をいち早く採用した点からも、こだわりようがうかがえる。

 内部も、銘木を多用した床の間の造りや格間の大きな折上格天井、亀甲紋の障子戸など、随所に優れた意匠や技術がみられる。

 座敷部 1階洋間(主人書斎) 座敷部 1階 洋室(主人書斎)

座敷部 1階から2階への階段 座敷部 1階から2階への階段

座敷部 2階 東10畳床まわり 座敷部 2階 東10畳床まわり

座敷部 2階から3階への階段 座敷部 2階から3階への階段

居住部  居住部

居住部 障子戸の亀甲紋 居住部 障子戸の亀甲紋の組子

居住部 石敷きの洗い場 居住部 井戸と石敷きの洗場

 

旧亀岡家住宅の見学

伊達市保原歴史文化資料館が併設されています。詳しくはこちらをご覧ください。

伊達市保原歴史文化資料館 ご利用案内

 

 

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