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福島県初のオリンピアン「三浦弥平」

印刷ページ表示 更新日:2019年7月16日更新

三浦弥平     日の丸を背負って走る弥平

 三浦弥平(みうら・やへい)は、明治24年4月、伊達郡白根村字木ノ田(現伊達市梁川町白根字木ノ田)に生まれ、旧白石中(現宮城県白石高校)から早稲田大学政治経済学科を卒業。小さい頃は体が弱く休学を繰り返し、早稲田大学に入学したのは24歳の時だった。

 旧白石中時代から陸上競技の道へ入り、早大時代は各種大会で入賞を重ねた。大正8年の日本選手権、同年の大学専門学校連合競技会(後のインターカレッジ)の25マイル走で優勝。大正9年の第1回箱根駅伝では山登りコースの5区を走る。同年の第7回アントワープオリンピックのマラソン競技に金栗四三らとともに出場、福島県第1号のオリンピック選手となる。その後、ドイツに留学し大学で学びながら地元のスポーツクラブに所属し活動する。大正13年の第8回パリオリンピックにも連続出場する。

 昭和3年に帰国後は、母校の早稲田大学の講師要請を断り帰郷、昭和7年、郷里の山林に「オリンピック村」を建設し、青少年の体力づくり、健全育成に尽力するが、戦況の拡大によりわずか4年で閉村。

 昭和17年、東京・新京間親善マラソンを行い渡満、戦後は再び郷里へ戻り、地域青年を集めてのマラソン大会や私設保育所の開設、自宅を「白根体育公民館」として開放するなど、晩年まで地域スポーツの振興に尽力した。昭和46年4月、80歳で永眠。

1.早稲田大学競走部時代    2.シャーロッテンブルグスポーツクラブ時代 

3.オリンピック村のスキー場    4.金栗四三(右)とともに

1.早稲田大学競走部時代
2.ドイツ・シャーロッテンブルグスポーツクラブ時代
3.オリンピック村に作ったスキー場
4.金栗四三(右)とともに 

三浦弥平の略年表
 西暦(和暦)

 できごと

1891 (明治24)年 0 4月2日、伊達郡白根村木ノ田の蚕種製造を行う農家に生まれる。
1898 (明治31)年 7 白根村立白根尋常小学校に入学。
1902 (明治35)年 11 梁川町立梁川尋常高等小学校に入学。
2年生の時にリウマチとなり、1年半休学。
1907(明治40)年 16 刈田郡立刈田中学校(後の宮城県立白石中学校)に入学。
2年生の時に病気となり1年留年。遠刈田温泉で湯治、ランニングなどで健康づくりに努める。
5年生の秋季運動会1000mに出場し優勝、マラソンの道を歩むきっかけとなる。
1913 (大正2)年 22 白石中学校(現宮城県白石高等学校)を卒業。
1915 (大正4)年 24 早稲田大学政治経済学科へ入学。創部間もない競走部に入部。
1919 (大正8)年 28 大学専門学校連合競技会(後のインターカレッジ)25マイル(約40km)走で優勝(2時間52分24秒)。
第7回日本選手権大会25マイル走で優勝(2時間39分40秒)。
1920 (大正9)年 29 第1回箱根駅伝で往路山登り区間(5区)を走る(区間3位)。
第7回アントワープオリンピックのマラソン競技に金栗四三、茂木善作、八島健三とともに出場。2時間59分37秒で24位。
その後、ドイツへ留学する。
1921 (大正10)年 30 ベルリン市内のシャーロッテンブルグスポーツクラブに所属して活動。
ベルリン大学で経済学を専攻。
1923 (大正12)年 32 ドイツ体育大学に入学、体育学を専攻。
1924 (大正13)年 33 第8回パリオリンピックのマラソン競技に金栗四三、田代菊之助とともに出場。痛めていた踵の痛みが再発し、途中棄権。
1928 (昭和3)年 37 ドイツから帰国。母校早稲田大学の講師要請を断り、白根村に戻る。
地元青年らと「オリンピック村」建設を目指す。
1932 (昭和7)年 41 宮城県伊具郡筆甫村早稲田地内の山林にオリンピック村を建設。バンガロー、テニスコート、スキー場などを設置。
1936 (昭和11)年 45 戦況の拡大に伴い、オリンピック村が閉村。
1942 (昭和17)年 51 満州建国10周年とスポーツ親善を目的に「東京・新京間親善マラソン」を実施。
1947 (昭和22)年 56 衆議院議員総選挙に立候補するも、落選。
1948 (昭和23)年 57 自宅を「白根体育公民館」として地元青少年に開放。
各種マラソン大会や駅伝大会を開催。綿羊を連れて富士登山。
1949 (昭和24)年 58 霊山登山マラソン、天神社祭礼記念マラソンなど、多くのマラソン大会を開催。
1954 (昭和29)年 63 白根村教育委員となる。
1956 (昭和31)年 65 東京オリンピック誘致運動を始める。
1964 (昭和39)年 73 第18回東京オリンピックに招待される。
1971 (昭和46)年 80 4月、永眠。
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