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懸田城跡

印刷ページ表示 更新日:2012年1月5日更新

 掛田市街地の東側を流れる小国川の対岸、茶臼山(古城山)にあり、城館としてその形態をよくとどめ、史跡としてもその存在価値については内外に評価の高いものがある。
  標高255.2m 比高差125m、土塁、空堀、帯郭から成る山城である。城自体独立丘陵に位置そ、茶臼山山頂部の主郭を中心として西から南へ湾曲する急斜面の稜線上に、小郭が階段上に張り出す梯郭式の綱張りである。本郭直下約20mの帯郭より登る通路は、全体的に螺旋状を呈しており主郭部付近に至り渦郭式の形状を呈している。懸田城の築城時期は明確ではないが、南北朝時代の南朝方の武将懸田定隆の居城であり、霊山城の出城でもあった。
 信夫郡岡本村高松城主陸奥六郎義隆の子、高森近江守定隆(懸田定隆)が南北朝時代の南朝方北畠顕家に仕え、建武2年(1335年)信夫郡高松城より霊山城の出城である懸田城に移り、懸田氏を称したとされている。現在は桜の名所としても親しまれている。
  南北朝の動乱期に、南朝方の伊達行朝(7代)が懸田氏をおいて守りを固めたといわれます。辺りを一望できる高台は桜の名所として知られ、4月中旬~下旬には、掛田市街地からピンク色に染まった山斜面を眺めることができます。
  山頂には公園記念碑、山腹には郷土の歌人佐藤嘲花の歌碑と同詩人高橋新二の詩碑があります。

懸田城跡 懸田城跡

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