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「地域の魅力 ふる里再発見 収蔵資料展 ~ふるさとの山 霊山~」は、だて市政だより2025年(令和7年)2月号から3月号まで掲載されました。

霊山で採取された焼き物 仙人水北側登山道(佐藤俊氏撮影)
伊達市の東側にそびえる霊山。ここは、国の史跡及び名勝に指定されています。伊達市のシンボルともいえる標高825mのこの山に、登山したり、麓にあるこどもの村や虹彩館に行ったりした人も多いのではないでしょうか。
この山は、古くからの歴史を秘めています。画像は、仙人水から東物見岩にむかう登山道で採取された焼物です。鎌倉時代終わりから南北朝時代の始まりころに、いまの愛知県瀬戸地方で焼かれたもので、広口(ひろくち)壷(つぼ)もしくは瓶子(へいし)という、液体をいれる器です。
器の外側には、花と葉を連続してスタンプしています。それをいちめんに施すことで、非常に華やかな模様となっています。表面には、灰釉(かいゆう)と呼ばれる釉薬が、模様部分に特に厚く掛けてあります。
この器に似たもの(画像)が、重要美術品になっています。福島県内では、郡山市安子ヶ島(あこがしま)城跡や、三春町三春城跡で出土していますが、いずれも、これほど大きな破片ではありません。
鎌倉時代終わりから南北朝時代の始まりころに、このようなすぐれた器を持つことができる人が、霊山には暮らしていたということになります。

採集したガラス瓶 無線中継所跡に残る暖炉(佐藤俊氏撮影)
伊達市東部にそびえる霊山は、いまでは登山などレクリエイションの場として有名です。しかし、そこには様々な歴史が眠っています。
それを語ってくれるのが、写真のガラス瓶です。見覚えのある形やロゴに、味を思い出した方も多いことでしょう。そのいっぽうで、これが歴史? と思った方も多いのではないでしょうか。
実はこれは、霊山の紫明峰で採集されたものです。ではこれがなぜ、そこにあったのでしょうか。
この瓶は時代によって形やロゴが微妙に変化しています。写真の瓶は淡い緑色をしているので、通称「グリーンボトル」と呼ばれています。こういった瓶は、第二次世界大戦(1939~1945)終結後、日本にアメリカ軍が進駐していた時代(1945~1952)に、アメリカ兵やその関係者だけが飲んでいたもの、ということが分かっています。
実は、霊山の紫明峰には、1958年までアメリカ軍の無線中継所がありました。日本の普通の人は飲むことができない瓶ですから、そこで仕事をしていたアメリカ兵が飲んだものと考えられるのです。異国の山頂で任務についていたアメリカ兵たちは、馴染みの味を楽しみながら休憩していたのでしょうか。
このように、一見、とても新しく見える品物も、場所とあわせて考えることで、新しい価値を見出すことができるのです。
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